神が本当に望むものは?
「教会でお金の話をしてほしい」
ロバート・キヨサキはある日、教会の牧師からこう言われたそうだ。
ロバート・キヨサキはわが耳を疑う。
まさか牧師からそんな依頼が来るとは思ってもいなかったからだ。
「教会でお金の話をしてほしいと言うのですか?」
「そうですよ。私のお願いのどこがそんなにおかしいのですか?」
ロバート・キヨサキは、キリスト教ではお金儲けは悪だと思っていた。
現にロバート・キヨサキは、少年時代に教会でそう教わったそうだ。
「お金儲けは悪」「お金は人を堕落させる」「お金がずべてではない」などなど。
だから本気で金持ちになりたいと思っていた彼は、罪悪感を感じていた。
そしてその思いは、ずっとロバート・キヨサキを苦しめることになる。
心のブレーキをはずすのに長い時間が必要だったのだ。
いわゆる宗教的呪縛というものだ。
キリスト教に限らずほとんどの宗教は、同じことを教えているのではなかろうか?
だが、この牧師はそうではなく、お金儲けの話をしてほしいとロバート・キヨサキに頼んでいるのだ。
「なぜですか?」とロバート・キヨサキが尋ねると、牧師が素晴らしい言葉を返す。
「神は、貧乏人も金持ちも両方愛していらっしゃいます」
ロバート・キヨサキはこの言葉に深い感銘を受け、講演をすることを快諾する。
いやはや大した牧師である。
私もこの話しを読んで心から感動した。
そう、神はあなたが貧困で苦しむのを望んではいない。
あなたが豊かになり、穏やかな生活を送ることを望んでいるはずだ。
これはキリスト教の神だけではなかろう。
ありとあらゆる宗教の全知全能の絶対的存在は、それを望んでいるはずである。
そのために宗教はあるのだから。
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なるほど、発想の転換ですね。
宗教活動をするにも、お金はいりますし、ましてや、お寺や教会にも、お金を納めますからね。
その牧師さん、素晴らしいと思います。